哲学の先生を身近に持てる ~料理という先生~

良いと思ったことは、あればあるほど良い。
正しいと思ったことは、やればやるほど良い。
そんな風に思ってしまうことはありませんか?

例えば、
「お金は、あればあるほど良い。」
「努力は、すればするほど良い。」
「知識は、あればあるほど良い。」
「勉強は、やればやるほど良い。」
などなど。

しかし、よ~く考えてみると、必ずしも、そうとは言えません。
お金が、あればあるほど、そのお金が減ることを心配したり、お金を守ることに必死になったり、お金の貸し借りや分配をめぐって家族や友人関係が壊れたり、ということは、よくある話です。幸福よりもお金が大切と言うなら話は別ですが、持ってるお金の量と幸福は、必ずしも比例しないどころか、お金を持ちすぎると、不幸の要素も増えて来るのだと思います。
努力は、すればするほど報われると信じてる人も少なくないと思いますが、限度を超えて寝食を犠牲にするほど努力をすれば、体の健康を害する危険性がありますし、それだけ努力しても全く報われなけば、心の健康も損ねやすくなります。一つのことに努力することで、他のことがおろそかになり、家族や友人関係が壊れることもあるでしょう。

「あればあるほど良い。」「やればやるほど良い。」というような極端なことは、冷静になって、よ~く考えれば、どこかで破綻することがわかることかもしれませんが、一つのことに没頭してると分からなくなったりします。ホントは、「ほどほどが良い」と分かってるのに、忘れちゃうんですよね。

そこで、この「ほどほどが良い」を思い出せさてくれるのが、料理なんです。
料理では「塩は、多ければ多いほど良い。」とか「煮る時間は、長ければ長いほど良い。」な~んてことは、ないですよね。
塩がないと味がしないし、塩をちょっと加えるだけで素材の持ち味が引き出されて美味しい料理ができる。だけど、適量を超えて塩を入れ過ぎてしまうと、マズイどころか、食べられずに捨てるしかないゴミになってしまう。
煮物は、煮なきゃ始まらないし、煮込むことで素材が持つ旨味がどんどん出て来る。だけど、だからと言って、限度を超えて長時間煮込んでしまうと、材料が何だったか分からないぐらいにとろけてしまい、旨味も消えて、最後には煮汁さえなくなってしまう。

もちろん料理では、誰だって、そんな極端なことにならないように注意する。料理って、プライベートな小さいことかもしれないけど、必ず行動が伴い、結果が伴い、失敗の責任を感じざるを得ない。
頭の中の考え事だけなら、「〇〇は、あればあるほど良い。」「△△は、やればやるほど良い。」というような、どんな極端なことでも良いことに思えてくることがあるけど、行動と結果と責任が伴う料理においては、極端なことをやれば、必ず失敗することを痛感し、それが間違いであることに、すぐに気付かされる。
「やらないとダメだけど、やりすぎもダメ」「ないとダメだけど、多過ぎるのもダメ」。なんでも「ほどほどが良い」。そんな当たり前のことを、日々確認させてくれます。

料理は、「中庸」を教えてくれる先生なのです。

私は、毎日、下手で進歩がない料理を作って食べてますが、料理をしなければ、何でも極端に考えすぎる性格が治らず、もっとどん底な気持ちが続いてたのではないかと思ってしまいます。料理をやったことがない考えすぎ傾向の人は、是非、煮詰まった時は、料理をやってみると良いと思います。

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