哲学一覧

簡単にハッピーになる方法

「幸福」という状態は、「笑う」という行動の結果、現れます。幸福になりたかったら、笑えばよいというわけです。「まず、幸福になってから、笑おう!」というのは、「まず、満腹になってから、食べよう!」とか、「まず、すがすがしくなってから、スポーツをしよう!」というのと同じように、無理な相談なのです。

不運はなくせる(後篇)

モノゴトが、「偶然」に見えるのは、たまたま自分にとって、原因と結果の関係が見えてないだけで、世界にとっては、「必然」も「偶然」もない。そして、「偶然」と思うからこそ感じる「幸運」や「不運」も、原因と結果の関係が見えてないからこそ、そう感じるだけで、世界には「幸運」も「不運」もないのです。

不運はなくせる(前篇)

AかBかの分岐路で、サイコロを振り、Aに向かうことにした旅人。その選択は「偶然」だったとしても、旅人は、分岐路に至るまでの無数にある選択肢をどんどん減らしていき、ついにはAとBだけに絞っている。旅人は、「AかBのどちらかに向かうこと」を選択し、「AかBのどちらかに向かうこと」を「必然」にしてしまった。

「不運から逃れる方法」は、幸せを呼び込む

「不運」を呪い、感情を乱し、自暴自棄になり、自分や他人を害すると、「現実」をどんどん悪いものにします。「どんなことが起きても『不運』と思わない」ようにする「不運から逃れる方法」は、悪い出来事の悪影響を最小限に留め、心を切り替えて冷静になり、今、打てる手を打って、目の前の現実を少しでもベターにし、幸せを呼び込む方法です。

不運から逃れる方法 その2(後篇)

「不運」か「仕方ない」か「当たり前」かに本質的な違いはなく、確率の大小が違うだけです。各人が勝手に「不運」と「仕方ない」と「当たり前」の間にボーダーラインを引いて、悲しんだり、諦めたり、当然と思ったりと、感情を動かしてる。だから「どんなことが起きても『不運』と思わなければ良い」ので、「不運から逃れる」ことができます。

不運から逃れる方法 その2(前篇)

宝くじで一等に当選することや、飛行機事故に遭遇することに、幸運や不運を感じるように、「幸運」や「不運」は、「必然」ではなく「偶然」と思える出来事に感じます。しかし、偶然だから、必ずしも運を感じるわけではなく、その確率の大小に関係ありそうです。

不運から逃れる方法 その1

不運から逃れるのは簡単。どんなことが起きても「不運」と思わなければ良い。中国のことわざ「人間万事塞翁が馬」にように、何が幸運で何が不運かなんて、人間には分からない。どんな出来事も、一時的な「喜び」や「悲しみ」に囚われず、もっと長い目、広い目で見る必要があります。…しかし、私が言いたいのは、そういうことではないのです。

哲学の先生を身近に持てる ~料理という先生~

「良いと思ったことは、あればあるほど良い」「正しいと思ったことは、やればやるほど良い」。そんな極端なことは、冷静になって、よ~く考えれば、どこかで破綻することがわかります。ホントは「ほどほどが良い」と分かってるのに、それを忘れがち。そこで、この「ほどほどが良い」を思い出せさてくれるのが、料理なんです。

ハッピーになる技術を、どう学んだか(その1、その2)

「ちょっとハッピーになる技術」を、どこで学んだか。振り返ってみたら、大きく三つありました。フランスの哲学者アランの『幸福論』はじめ、東西のさまざまな哲学や宗教、心理学や精神分析、社会学、歴史、経営やビジネスなど、多くを「本」から学びましたが、「仕事」などでの現実世界での実践も必要でした。